スロー・デザイン住宅

ドームハウス愛媛
2010年完成のライフデザイン研究所

2009.12.02

はい、どっと・もーにんぐ・珈琲(=^o^=)やまねこでおます。
冬の瞑想を終えて夢の凝縮作業 に入っています。ブレーン・ストーミングから、企画プランニングと具体的スキーム作りです。 文学的世界からエンジニアリング・テクノの世界へ、夢見る世界から構築作業とワークの世界 へ移行中というわけです。 そもそも『スローリビング日記』とは、「スローな暮らしをしている」という意味なのですが 暮らしには、当然「住む」というキーワードが関わってきます。 「住むということ」と題されたエッセイの中で社会学者イヴァン・イリッチは、「住むのは人間 だけだ。」と語ります。彼によると虫や鳥や獣の営巣行動と異なり、人間だけが文化と言う織物 の中に織り込まれた「住む技術=アート」を代々受け継ぎ学習しながら、自らを徐々にリビング デザイナー(暮らしのデザイナー)として作り上げてゆくというのです。 スローデザインとしての「住むこと」をじっくり捉えなおしてみようと思います。 昨今は、住宅メーカーや不動産業界によってすべてがシステム・アップされた商品として住まい の問題は見られがちですが、ひとりひとりが暮らしのデザイナーであることを忘れているのでは ないかな。 とりわけ、都市部では同じ住まいに同じように暮らすことが当然とみなされています。 そのほうがより合理的で経済的で効率的だからです。しかし、同じスタイルをとっていても、生活 クリエイターとしての個人はまったく自由であるはずです。 環境芸術家ヨーゼフ・ボイスは、『すべての人は芸術家である』と宣言しました。 そして、社会彫刻という環境アートを提唱してウィーンの森に樫の木五千本を自らの手で植えます。 世界に「木をうえる行為は芸術である」と訴えたのです。 知る人ぞ知る「パフォーマンス」という言葉の発端ですね。最近ではパフォーマンスというと 演出やデモンストレーションみたいに思われがちですが本来は「木を植える行為」です。 そんな観点から「住まうこと」をひとつのアートとしてとらえかえしながら、テクノロジーと エンジニアリングを駆使して、『スローデザインとしての住宅』を目指そうと思っています。

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