ゆるやかに風流に、粋に暮らしたいのです。

2011年6月25日

はい、どっと・こむばんは(=^o^=)やまねこでおます。
猛暑のかんかん照りの一日でしたね。摂氏40度の地域もあったようです。 今日は、リビング松山のシニア事業部長さんとシニア・ライフについて話し合っていました。
寄る年波、やまねこもご多分にもれず、すでに若者と言う世代ではありません。 普段は「新世紀エヴァンゲリヲン」などと息巻いていますが、プログレ時代の古典ロックを 愛する世代なのです。
アキバ世代に先走ること草分け25年の大老といえるかもしれません。
てなわけで、風流な暮らし方について考えております。
今夜は、日本人古来の美意識である「風流と粋」についてです。

『花鳥風月(かちょうふうげつ)とは、美しい自然の風景や、それを重んじる風流を意味する四字熟語である。風流(ふりゅう)とは、中世以後の日本において高揚した美意識の1つ。人目を驚かすために華美な趣向を凝らした意匠を指し、婆娑羅や数寄とともに侘び・寂びと対峙する存在として認識された。後にはこうした意匠に沿った芸能や美術・建築などにも用いられた。なお、室町時代の漢和辞典である『下学集』には「風流の義也。日本の俗、拍子物を呼びて風流と曰ふ」とある』

『いき」には、単純美への志向など、わび・さびなどの日本の美的観念と共通部分もあるが、茶道の中で生み出された高踏的な「わび」「さび」に対し、「いき」は、庶民の生活から生まれてきた美意識であるという点に特徴がある。これまで海外ではわび・さびが日本の美学の代表のように捉えられていることもある。だが、無常などの宗教観念と関連するわび・さびは、もともと日常的な観念ではなく、日本人でも説明するのは簡単ではない。これに比較して、「いき」は親しみやすく明快で、意味は拡大されているが、現在の日常生活でも広く使われる言葉である。』                       (ウィキペディア)

花鳥風月といったいにしえのカルチャー。風流と言う鎌倉以降の文化。 粋な暮らしといった江戸文化。
いずれも、現代の私たちの暮らしのディテールに息づく趣きです。
夏にホタル狩りや花火や清流を楽しむのも花鳥風月・・秋に鈴虫や観月をいつくしむのも 風流と粋な暮らし。
わたしたちは、山川草木に「わび」「さび」を感じ、花鳥風月に「風雅」と 「もののあわれ」を感じてきたのでしょう。
そんな古拙な美意識をまもりつつも、コンビニとパソコンとLEDの光の中で暮らしています。 そこには、人工的な自然とミニチュアールな自然と模造とリアルと儀礼と自然が相半ばする 不思議な文化があります。
混沌としていながら、なにかしらフラクタルな数学的な秩序の雰囲気が漂います。
それを日本人は、古来「気配」とか、「面影」などと呼び習わしてきました。 貧しくも豊かな暮らし方の中に「美意識」を発見してきたのです。
ミニマムで宇宙的なもの・・・・小さく、ささやかで壊れやすい美・・・・・はかないもの そして、まるくゆるやかなももの調和。 粋な暮らし方は、そんな生活のディテールにこそあるものかもしれませんね。 夏の風鈴、よしず、山水ラディカル、侘び、寂び、アヴァンギャルド。 水いたりで渠となる・・・・・・

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