五木寛之「生きるヒント」から アートの時代へ

松山総合公園から興々島・・ごごしまを臨む
『生きるヒント』  五木寛之著 (文化出版局)

2008年4月8日

『アートの時代』が始まっていると思います。

社会の現状が、袋小路のようなところに迷い込み、混迷を深めている一方で、文化的な爛熟期にはいっているように思われるからです。
五木さんは『生きるヒント』の中でアメリカの衰退と戸惑いという一文の中で、興味深い指摘をしています。

現在のニュー・ヨークの風景には、ロックやジャズ、ブルースやフォークよりもクラシックが似合うというのです。

『オペラというのは、いわばたそがれの芸術です。そうか、アメリカは今、人生の半ばにさしかかり、これから惑いながら老成の道をたどってゆくのか、と思わず納得しました。
政治・経済の成長とカルチャーの成熟の間には、タイム・ラグがあるように思います。
文化は必ず遅れてやってくる

 たとえば、19世紀末のウィーンが華やかな美術・音楽を生み出し、黄金期を迎えた頃、母体であるオーストリア・ハンガリー帝国は、すでに最盛期を過ぎ戸惑いながらゆっくり階段を下りはじめていました。巨大な失業人口をかかえ、郊外にはスラムがたちならび、結核や梅毒などいろいろな疫病がウィーン病といわれるほどにはびこっていたのです。路地裏のカフェではアナキストたちが、政府転覆 の企てをしており、それを秘密警察が見張っている。
そのようなカオスの中から、くだものが熟するようにかぐわしい香りをはなって文化が爛熟してくる。
そういう眼で眺めてみると老いてゆくアメリカは、これから本当のアートというものを生み出すのでは ないかと思えてきます。』 『生きるヒント』より

そして、五木さんは、状況は日本も同じで、『戸惑いの時代』にさしかかっていると語ります。情報もすべて手に入る、すべての意匠も企画もアイデアも出尽くして、新しいものを見出すのが困難な状況は、アートへの衝動を生み出すもの、とわたしも思っています。
たそがれてゆく社会の残照の中にこそ、新しい時代を創造する霊的衝動が顕現するのではないかと思います。そういう意味では、カルチャーの中から出てくるものに注目してみたい時代です。(^o^)?/

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