ジャンバラ・プラクティス2

ジャンバラ

はい、どっと・もーにんぐ(=^o^=)やまねこセブンでございます。
思い立ったらすぐに実践。脳天気なやまねこは、ジャンバラ・プラクティスにとりかかりました。
「心の問題が様々な意味で福徳から人を阻むことは多いものだ。 心をオープンにして朗らかで健康的に暮らしを変えてゆくことが一番大事。 これまでのメディテーションに加えて、運気開拓と福運増進をジャンバラ プラクティスとして実践しよう。」と日記に書きました。
「まず、過去のことはもう考えない。 素晴らしき五年間だったとだけ記憶しておこう。 もうひとつは、周辺事情はあるがままに肯定。よろしきことがら人々に囲まれて幸福と感謝しよう。 つまり良き思い出と良きことがら、人々に囲まれていることに感謝しよう。 現状に感謝すべきことがない人に福徳が訪れることはまずありえない。 そして、セルフ・ワークに専念。ポジティブ・シンキングと健康な暮らし にとりかかるのだ。それ以外はきれいさっぱりと捨てる。 小さなことはあきらめて捨てきる。シンプルで淡々とした生活を大切にする。 大きな福運・パワーフィールドに入る・・・この
テーマで前進あるのみだ。 日常作務、学習、畑づくり、雑用など楽しくこなす生活。」

あなたが行動したことのすべては取るに足らないことかもしれない。 しかし、行動したというそのことが重要なのである。マハトマ・ガンディー 
                           
日常作務の一つ一つを楽しくこなすこと。 これこそがジャンバラ・プラクティスです。 これまで「心に夢を持って過ごしてきた」ことは確かです。 しかし、夢の中で日常をこなすことはもっと大切。
ドームハウスで暮らすことがかつては夢でした。 今は、その夢は現実であり、日常。
かつての夢を楽しき日常としてクリエイティブに過ごせたらそれがジャンバラ・プラクティスです。 これは、インド人がカルマ・ヨーガと呼ぶ方法です。すべてを神仏へのささげものとして 行うのです。日本では「お百度参り」のようなものでしょうか。
費用対効果という利害打算なく行うことなので、霊的な修行になります。 「修行」という考え方と「打算」という考え方は相いれないものなので浄化されるのです。
ジャンバラに水と塩をお供えして一日を始める。般若心経をとなえる。 日常作務をこなす。 とるにたらないことを淡々と続ける。 それで良しと思えたら、日々是好日ということかな。

“ジャンバラ・プラクティス2” への2件の返信

  1. ジャンバラ・プラクティス、
    これは仏陀もイエス・キリストも、バガヴァッド・ギーターでも共通していますね。
    僕に分かりやすい言葉で言えば「現在の一瞬のために生きる」
    「現在を未来の目標の手段にしない」という事だと思います。

    仕事も趣味もこういう態度で臨みたいものです。

  2. お久しぶりです🤚
    やまねこの過去記事をupして自分をセンタリングしています。
    心の中の猿が暴れて、つまらない事に意識を取られているからです。
    日常は、修行道場とシュタイナーは、言っていますが、その通りと痛感している今日この頃。
    パワーフィールドに入れるのは、いつのことか、未熟さを感じています。笑

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