科学を捨て神秘へと向かう理性  ジョン・ホーガン著(書評)

『科学を捨て神秘へと向かう理性』ジョン・ホーガン著 (徳間書店)

2008年2月20日

科学ジャーナリストジョン・ホーガンの「科学を捨て、神秘へと向かう理性」を読んでいました。
アメリカ版「理性のゆらぎ」のような本で、アメリカ、ヨーロッパ、南米などをフィールド調査的に縦横に走査しつつ、ニューエイジ精神科学やシャーマニズムにふれつつ現代科学の行方を問う、といった話題性豊かな論評とインタビュー集。果たして、科学は「神秘へと向かう」ことで救済されるのだろうか・・。確かにケン・ウィルバー(トランス・パーソナル心理学者)やスタニスラフ・グロフ(臨床・精神医学者)とのインタビューは示唆に富んだもので、なかなか正統派の科学・医学・心理学の世界からはたどりつけそうにない境地を示しているのは確かです。
しかし、これは「超越的」であってかつ「日常的なものなのか?」と疑問が残ります。
もちろん周知のとおり、昨今のスピリチュアル・ブームの思想的裏づけはこれらのニュー・エイジ思想家や臨床家、セラピストたちの膨大な研究成果を背景としていることは明らかなのですが、日本ではそうした世界観や思想性とはまったく異質な次元で「スピリチュアル」が広まってしまった面もあると思われます。
占いやヒーリングやスピリチュアル・カウンセリングなどのポップ・カルチャーやファッションとしてのスピリチュアルとこれらの思想的スピリチュアルは果たして、テーマを共有しているのか否か?という問題です。
もっと、身近にわかりやすく言えば「神秘と日常は、共存しうるかどうか」ということです。
以前ブームとなった「理性のゆらぎ」はインドで神秘に出会って、ゆらぐ魂を扱ったベスト・セラーではありましたが、サイババ・ブームとともにあいまいなまま流れ去ったようです。
わたしは、日常は神秘なものととらえていますから、神秘的世界を日常の外に求めることはないと思っているのですが・・・多くの人にとって神秘と日常は大きくへだたった世界なのかもしれません。
本当に神秘なるものとは真昼の光の中にさらされても、やはり神秘なのだと思っています。
それは、呼吸・鼓動・代謝、出生・成長などの人体の神秘に始まり、自然界・宇宙の神秘・・・・・
そしてなによりも「わたしという人間が今、ここにいる」という謎から始まっているような気がします。
本書の原題は「理性的な神秘主義」ですが、考えさせられますね。

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