夏安居 3~お盆とお経の話

88番札所大窪寺
88番札所大窪寺

2008年8月11日

はい、こんにちは。(=^o^=)やまねこです。
わたしも出家のはしくれ(きれっぱし)なので、お盆にちなんでお経の話をしておきますね。
お四国ですから、お遍路さんを知らない人はいないと思います。
一部宗派をのぞいて(日蓮宗・浄土真宗など)般若心経に親しむ人は多いでしょう。
お四国参りでもお葬式や法事などでもこの般若心経と言うものをわたしたちは唱えます。
このお経を詳しく知らない人でも「いろはにほへと ちりぬるを」といういろは歌はご存知と思います。

色は いほへど 散りぬるを
わが世 誰そ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔いもせず
という五十音で読んだ歌ですね。弘法大師が作った歌と伝承されています。

色即是空、空即是色の般若心経の真理をいろは歌に託したものとして親しまれています。
般若心経は「空の教え」をお釈迦様が弟子のシャーリプトラ(舎利子)に説法するという形式をとっています。真言宗でも禅や天台宗でも大切にされるお経です。
「現象の本質は、空に他ならず、空であるからこそ現象なのである」という意味です。
わたしたちは、日々の出来事をついつい実体化してしまい、執着して悩んだり人と争ってみたりします。
そして、心のゆとりを失い、思いやりを失い、中道を失い、極端な発想に陥ったりします。
お釈迦様の教えは「中道と縁起」に集約されますが、これを「空の思想」までは発展させたものが般若心経の教えです。
すべての現象には、実体はなく空であり、すべては無であり、縁起によって成り立っているということなのです。それは、過去・現在・未来においても空であり、その空性を洞察することによってこそわたしたちは悟りに導かれると語りかけます。

そして最後に「真実の言葉」はこのように語られると結んでいます。
「ガテー ガテー パーラーガテー  パラサムガテー ボーディ スヴァーハー」
(ぎゃてい ぎゃてい はーらーぎゃてい はんそうぎゃてい ぼーじそわか)

真言なので翻訳しようがないのですが、無理に訳すと

 逝けり
 逝けり  超えて逝けり 
 大いなる目覚めよ 

というところでしょうか。

お盆を迎え、わたしたちはお墓参りをして、お仏壇に般若心経をあげます。
それは、他界した親族の魂が「空の真理」を悟って、大いなる目覚めの世界=彼岸に趣けるようにと此岸から願いを送るということです。彼岸に旅立つ人に真心からのメッセージを般若心経を通して伝えるということなのです。

はたしてあの世があるのかないのか、と思いながら法事に参加される人もおられることでしょう。
般若心経は、すべての現象は空であり、実体なく、縁起であると語ります。
この世が空であることがわかれば、あの世も空であるということがわかることでしょう。
したがって、「あの世があるのか、ないのか」と迷う心もまた空であり、縁起なのだと理解すれば良き供養と追善になるかもしれませんね。

「この世に老・死はなく、そして老・死が尽きることもない。
 この世に苦しみはなく、また苦しみが尽きることもない。」 般若心経

お盆を迎えるやまねこ(=^o^=)でした。合掌。

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“夏安居 3~お盆とお経の話” への2件の返信

  1. 般若心経はいろんなお坊さんや学者の解説を読みましたが、やはりラジニーシの解説が一番凄かったです。

  2. ラジニーシの本はミトラさんに紹介頂きましたね。なんとか、読めましたが、本当には読めてません。また、時期をみて、読んでみます。その時、何を思うか楽しみです。

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