時代の必然

中島みゆき

2013年12月20日

はい、どっと・ちゅーん・あっぷ(=^o^=)長靴をはいたやまねこでおます。
エコロジストのぽらんさんと「アマンダ・コーヒー」で去りゆく2013年を 想い出しながら語らっておりました。
「中島みゆきってすごいねー。 彼女は見事に時代とともに生きてそれをすべて歌に変えた来たんだ。 時代の必然が進むことはいたしかたないねー。年寄りは増える一方だし、グローバリズム の波は日常の隅々まで行き渡るものなんだ。課税になれば企業は国外に本社を移すものだし、より人件費の安い国に移る。新自由主義は時代の必然であると同時に個人をも押し流してゆく。」 とぽらんさん。
「リベラリズムの顔したリバタリアニズムということかな。公正な取引は利潤追求の前提で あって公正な社会のためのものではないからね。弱者必敗の論理だね。不条理ではあっても 個人ではどうなもならない。」とわたし。
不条理ではあっても時代は変化の波にのまれてゆくことは確かです。 TPPや原発政策や秘密保護法や増税はすべてリバタリアニズム(自由放任主義)が背景にあります。
「生かすも殺すもわしらの勝手」なグローバル企業とはマネー資本主義の主体であり、 匿名性の利益至上主義のロジックで流れてゆきます。
わたしたちにできることは「内なる自由を守ること」「仲間同士で助け合うこと」 「平等で公正な正義や人権を守ること」という身近な実践だけです。
里山資本主義はささやかな時代に抗する力かもしれませんが「内なる必然」からの生き方です。 自由・・・利益追求の自由と内なる必然としての自由の間で私たちは生きているような気がします。
「サルトルが街路樹のマロニエに嘔吐感を催したようにわれわれも時代のロジックに不条理な 嘔吐をもよおす。それは個人を巻き込んでゆく暗く鈍重な力を感じるからだ。不条理ではあっても無視できない時代の流れの中でわれわれはやりつづけるしかない。」と ぽらんさん。
「そうだね。何かと何かをつなぐこと。内なる自由をよりどころとして進むしかない。 前に進むために何か内なるものがひらめかないとね。 一つの時代が終わり、次なる時代が立ち現れる。いろいろあったけど今年も行く年くる年だね。」 とわたし。

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