2007年10月22日
エリザベス・キューブラー・ロスは、20世紀に大きな足跡を残した人物であることは確かですが、日本ではそれほど知られていません。スピリチュアル・ブームであるにもかかわらずということでしょう。
そもそも「スピリチュアル」とは、キューブラー・ロスやマザー・テレサの活動をさして言う言葉とわたしは思っていましたが、今の一般で言う「スピリチュアル」とはオーラの泉やアロマ・セラピーなどメンタルなシェイプ・アップといういくらかファッショナブルでミスティックな用語と化しているようです。
それほどまでに「スピリチュアル」は多義的で、曖昧模糊としたものなのかもしれませんが、それもOKと思っています。殺伐とした破壊的社会が実現してしまった世紀末、以来「スピリチュアル」はひとつのキーワードとして今も有効な気がします。セカンド・インパクト以降の世界を描いたアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」がいよいよシリーズ序章公開となりますが、庵野さんも言うように人類補完計画はまだ始まったばかりと思っています。
さて、キューブラー・ロスですが1970年代以降「死ぬ瞬間」以来、医師として患者の死の見取り医療活動・・・ターミナル・ケアの創設フロンティアとして著名なロスの手になる「自伝」が本書です。
しかも死の数年前に書かれ、続く「ライフ・レッスン」は死の前年・・病床で書かれました。
先月紹介の河合隼雄氏と柳田邦夫氏の対談「心の深みへ」のなかでもロスについては多くのページをさいて触れられています。
三つ子として生まれたロスは、アイデンティティに深く謎をかかえる少女として育ちます。姉たちと自分がひとり孤立しているように思えてしまい、自分とは?という究極の問いにとりつかれてしまうのです。そして、長じて医師を目指し、女学生時代に大戦後ナチスへのレジスタンス運動との関わりから(彼女はポーランド系)アウシュビッツ収容所のガス室を見学し、象徴的な体験をします。
捕虜たちが寝起きしていたベッドに描かれた夥しい美しい蝶の絵を目にして、衝撃をうけるのです。人間は死に際して、蝶のように彼方に飛び立つ・・という原体験のようなものが彼女の魂に刻みつけられるところは、とても印象深い。
医師となり患者の死に出会うごとに「生への謎」は「死への謎」へと変化してゆきます。ロスは、「死を見取る医師」へと導かれてゆきます。数万人の看取りと死への理解がロスをメタモルフォーゼさせてゆく、プロセスは、現代の介護医療、終末期医療のフロンティアならではのドラマティックな展開を実地に生きていると感じました。そして、夫との不和、離婚。
アメリカに渡り、当時全盛を極めていたニューエイジ文化の拠点・・・カリフォルニアでの様々な体験をします。
チャネリング、死者との交流、全体医療とのつながりなどなと渦中の栗を拾うかのように現代スピリチュアリズム/ニューエイジ文化の中で翻弄されるロス。詐欺師のチャネラーに命を狙われたり、エイズの子供たちを保護して周辺住民から嫌がらせや脅迫・銃撃を受けたり、ターミナル・ケアのイメージと程遠いほどにロスの人生は波乱に満ちて、ドラマティックです。
そして、本書を書き終えたロスは「ライフ・レッスン」で人生のエッセンスを総括して生涯を閉じます。
ロスの葬儀では、最後に小箱に収められた蝶を空に解き放したと言われています。マザー・テレサとともにわたしが尊敬している人のひとりです。