2012年8月3日
はい、どっと・あふたぬーん(=^o^=)やまねこ山でございます。
夢の里の珍客を横目でみながら、ノマド・ワーカーについて考えていました。 NOMADO LIFEのmakfiveさんは、
『わたしは消費主体の資本主義的生き方に疑問を持って、数年ほど前から「スーツケース1つ、バックパック1つ」で生活しており、それがこのブログとノマドを始めるきっかけでした。そして、これからも「ものは少なく、幸せは多めに」暮らしていけたらと思っています。”Less is More.” 私は、自己の経験から、確信してこう言う事ができます。皆さんも今日家に帰ったら自分の所持品を隅から隅まで見回してみてください。そして、それらが本当に必要なモノかを自問してみてください。そしたら、意外に不要なモノがたくさんあるって事に気づくかもしれません。』(『ノマド・ライフ』) と語ります。
鋭い指摘です。消費一辺倒のためにあらゆる生活要件を犠牲にするという生き方 に哲学的な疑問をなげかけているということなのでしょう。
戦後世代において初めての問いかけと言えるかもしれません。
それほどに日本人は消費=豊かさと勘違いしてきた、と言えるかもしれません。 彼の言葉は「断・捨・離」が語られ、「もったいない」がエコ・ワードとなり、 「サステイナブル」が時代のキーワードになっているにも関わらず、相変わらず消費癖でしか 自己表現できない人たちへの挑戦のようにも見えます。
ノマド・ワークを考える場合、重要なのは『低消費・高生産・相互扶助』に尽きるとやまねこは 思います。 必要なモノを洗練し、不要なものは人に分け与え、生産性の高い生活を心がけること。
生産性は何もお金に限りません。良き人間関係や楽しみやソーシャル・ネットワークやツールの 開発も生産性につながります。お金一辺倒な価値観は、哲学の貧しさにすぎませんから・・・。
そして、過分に得た利益や利便性や知恵は分け与えたり、共有したり、提供しあったりして できるかぎり「囲い込み」をしないで「オープン・ソース化」してゆくこと。 自由と共生を楽しみながら、身軽にシンブルにナチュラルに生きるノマド・ライフは確かに 現代の若者の反乱のように思われるのです。