映画「パッション」

映画『パッション』 The Passion of the Christ  監督:メル・ギブソン

2010年12月6日

話題の映画『パッション』を見ました。 アカデミー賞受賞者のメル・ギブソンが巨費を投じて製作したという作品のロードショーです。
前評判がテレビで紹介されていたので、公開前から興味を持っていました。
アメリカでは、上映中止になったところがある。心臓病患者が2名ショック死した、 殺人犯がこの映画を見て自首した、カトリック教会がこの映画を推薦している一方で、ユダヤ人の描きかたが差別的だと物議をかもした・・・などなど興行的話題づくりにはことかかない作品であるらしい。
わたしも心臓病を持っているので、ショック死の可能性があるかなあ、としばらく ためらっていましたが思い切ってレイトショーを一人で見に行ったというわけです。
レイトショーのせいか、客は少なかったのですが、何組かのカップルが目立ちます。
デートで見るには、重いテーマの映画とわたしは思いましたが、今の若い子達はあまり頓着しないようです。
内容は、確かに『聖書に忠実』な作品でした。 しかし、あまりに描写がリアル過ぎて、見るのが困難なほどに残虐なシーンの連続です。 この映画を見る者にとっても「受難」かもしれません。
心臓のことも考えつつ、目をとじたりしながらなんとか最後まで、見終えました。
 キリストの受難を描いた映画としては、かなり深いと思います。
オカルト映画のキワモノみたいな浅薄さはなく、細部にいたる歴史的考証・背景 などもしっかりとしていて、当時のイスラエルのアラム語を話して、字幕が英語 という凝った演出もよかった。
そして、音楽が凄い・・・キリストの受難へと向かう展開ともに音楽がみごとに その内面を描き出していると思いました。
鞭打ち、磔刑に苦しむイエスの姿を冷たく見つめる悪魔の表情、 『イエスを十字架につけよ』と叫ぶや司祭と民たちの表情、 そして、むごたらしい受難に苦しむイエスの視覚からの映像、 随所に見られるルネサンスやロココ絵画の構図的場面がちりばめられ、宗教美術的な興味も引きました。
しかし、何よりもこの『パッション』の圧巻は、イエスという神の子が 残虐な刑罰によってむごたらしく殺されたという聖書のリアリズムではないでしょうか。  
わたしたちは、キリスト教を教会や西洋社会の精神文化として一定のイメージを持っています。
敬虔なクリスチャン、聖家族、ミレーの『晩鐘』に描かれたような素朴な信仰、様々な教会建築やキリストの受難を描いた絵画などなど・・・・とりわけ、毎年迎えるクリスマスのイメージなどが「キリスト」の周辺にあって、もっぱらクリスマスの祝祭的な雰囲気をキリストに重ね合わせているのではないかと思います。
ところが、この映画で描かれているのは、すさまじいばかりのイエスの苦しむ姿です。
ゲッセマネの園での祈りと苦悩、ペテロの裏切りを見つめるイエスのまなざし、 聖なる存在を裁くことを恐れて手を洗うピラト総督とその表情・・・。
悪魔の試み、そして、わたしたちすべての人間の罪を背負って、重い十字架を引きずりながらひたすら、ゴルゴタの丘を目指すイエス・・・・・。
聖書でよく知られた数々のエピソードが、リアルに生々しく描かれています。
何よりも、血みどろのまま『彼らの罪をお許しください』と語るイエスの息も 絶え絶えの声が胸にせまります。 これは、「あまりにもキリストを人間に近づけ過ぎた描き方だ。」という人もいるかもしれません。
しかし、神の子としてのキリストとは、深く「人間的なるもの」の苦悩と絶望の底まで 降りてきてわたしたちの罪をあがなうからこそ、『贖罪主』といわれるのではないでしょうか? 人間であることの絶望の深み、闇の底にこそ光が生まれるのかもしれません。
三位一体とは、神とキリストと聖霊においてあらわされる愛は「ただひとつのもの」と 理解していますがこれは異端的なのかな・・・。 とはいえ、確かにキリストの「受苦」=パッションの苦悩の背後にある「愛」と わたしたちが人間として抱く愛とは大きなへだたりがあるのでしょう。
十字架のキリストを見守る母マリアと愛弟子のヨハネに向かってイエスは語りかけます。
ヨハネに「この人は、あなたの母である。」
マリアに「この人は、あなたの息子である。」
血縁としてのつながりから、霊のつながりとしての「家族」が語られます。 それは、キリストを通してすべての人間がつながりあうことを示しているのでしょうか?  
かつて、イスラエルの地で起きた、ただひとつの事件が2000年の時を経て、 現代にリアリズムとして描かれることの意味を深く考えさせられました。
現代社会の表層を見る限りは、神的なるものよりも、悪魔的なるもののほうが目につく時代です。 世界各地で起きる戦争と憎しみの報復、殺戮、混迷する世界の政治や経済。
国内を見れば、社会の崩壊と綻び、自殺や犯罪の多発、遺伝子操作などの 行過ぎた科学的手法や環境破壊などなど「悪魔的」と言ってもさしつかえないほどの 物質主義を見つめるとき、これらの苦悩の現実と荒廃の闇の中で、 この「パッションという映画への注目」というトレンドが「かすかな光」をもたらして いるようにように思われました。
一心に映画に集中していたあの若いカップルは、「パッション」をどんな感情体験 として受け止めたのでしょうか。

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