2014年9月17日
はい、どっと・もーにんぐ(=^o^=)やまねこ庵でございます。
夜半に目覚めました。何やら声が聞こえます。
「やまねこどん、時は来た。新しき商売のはじまりだよ。」
「白狐どん、時は来たかな。2015のフラグは立ったということ。」
「やまねこどん、時代の津波だ。波に乗る時だよ。」
「白狐どん、持つべきものは盟友だ。キモサベ。ローンレンジャーみたいだね。」
「キモサベ。」と白狐どん。
いつから、インディアンになったのかな。 というわけで2015のボーナス・フラグが立ちましたので、新しき商売の開始です。
魂のロードマップのようなものが、完成したということなのです。
今年秋から、時代の大きな変化が始まり、来年は頂点までいたると思います。
いわば、時代の津波の波頭に立つということ。
出雲の流れと伊勢の流れがひとつになって 新しい時代が明らかになると思います。
世の中も騒がしくなってくると思います。 動乱と混沌と変革の波が、錯綜してくる予感。
こんな時代だからこそ、新しきビジネスもエネルギーを得るのです。
来月から、時代の波は始まると思います。確実に大混乱にいたるでしょう。
自分のリアリティの中枢に戻って、新しき出発の時です。
平安な魂と大胆な勇気が、チェンジ・モードを乗り切ってゆく鍵ということかな。
『般若心経秘鍵』で弘法大師はこのように説かれています。
文殊の利剣は諸戯を断つ 覚母の梵文は調御の師なり
チクマンの真言を種子とす 諸教を含蔵せる陀羅尼なり
(文殊菩薩のするどい剣は、われわれの心に潜む煩悩を断ち切ってしまう。 般若菩薩の梵字の経典は、煩悩をしずめる師である。 この二尊は、「チク」と「マン」の凡字で象徴される。 その凡字は、あらゆる教えを包含した陀羅尼である。)
仏教というものは、はるかかなたにあるものではなく、まさにわたしたちの心のなかにある と弘法大師は説きます。
そして 無辺の生死、何んが能く断つ 唯だ禅那正思惟のみ有ってす
(限りない生死の苦を、どのように断つことができようか。 それにはただ般若の徳である禅定と、文殊の徳である正しい思考によるのである。 般若菩薩の悟りの境地を説くことを、釈尊は他に譲らず自らがお説きになった。)
ダビデの鍵、チェンジのマスター・キーはわたしたちにとっては、正しき瞑想と正しき思考 から立ち現れるというのです。 それはお釈迦様が説かれた根本義だというのです。
仲秋の名月の頃ですね。 まもなく、変化(change)の秋(とき)です。