開館のご挨拶 館長 市川武秀

emonnsaburounosatoemonnsaburounosato

「衛門三郎」さんと言う人は、弘法大師様が十八歳から二十歳のころに松山の久谷地方に来たとされております。
衛門三郎さんは八坂寺の周辺に住んで、百姓をして生計を立てていたそうです。
ここで弘法大師様と対面するわけです。 弘法大師様から、四国八十八か所霊場の考えを聞かされ、四国八十八か所の寺の位置も教えられ、
お四国遍路の啓蒙と普及のために協力を頼まれ、承知して結局、二十三回も巡拝したのではないでしょうか。
当時は、京都から四国を見ると方角的には、西の方角に当たります。
仏教的には西の方角には、西方浄土があるとされており、死の前には、一度 四国(死国)へ行ってみたいと願って、四国(死国)へ来たのであります。
こういう状況を打破すべく、四国の中を廻って結願するという宗教的行事として確立したのであります。
わたしは、この地で遍路関係の販売店をしたいとして平成十八年当時五十一番札所石手寺の住職さんに名称について相談したところ、
ちょっと考えて「衛門三郎」さんが生まれた所だから「衛門三郎の里」と名付けたらどうかと言われたのです。
わたしは納得して、言われた通りの名を付けました。石手寺の伝説の中でも「玉の石」伝説があり、以前は、安養寺という名称の寺であったのが、
「玉の石」 を河野家の子息が握って生まれてきたので、その後「石に手」として「石手寺」と改名したとも言われております。
衛門三郎さんは、二十三回目の巡礼の時、徳島県の十二番札所「焼山寺」の入口手前のところで、力つきて亡くなる前に、
弘法大師さんに出会い、そして亡くなりました、そこの場所へ弘法大師が杖を立てたのです.
その杖から 杉の芽が出て大きく育ちました。今は、二代目に杉が大きく育っております。
焼山寺の方の了解を得て穂木を頂戴して、この美術館の地に植えたのが、今から八年前でした。
今は高さ一メートルとなり元気に育っています。
なお、石手寺の入口には衛門三郎さんの石像があるのですが、住職さんの了解を得て、写しを制作し、この地の入口に鎮座しております。
衛門三郎の里に美術館を開館することは、私の長年の願いでありましたが、実現する運びとなりましたことは、
関係者の方々の協力の賜と感謝申し上げます。

プロフィール
館長 市川武秀 衛門三郎の里美術館館長。
1939年(昭和14年)生まれ。
2006年(平成18年) 遍路ショップ「衛門三郎の里」を八坂寺参道脇に開店。
2014年(平成26年) 四国遍路開創1200年を記念して「衛門三郎の里美術館」を開館。

itikawatakehide